湯治場として700年ほどの歴史をもつ白布(しらぶ)温泉。米沢の駅から、バスでだいたい50分ほど南の山中へ入ったところにある。自然がゆたかで、静寂のただよう温泉地に降り立つだけで心が落ち着く。かつて、中屋、東屋、西屋という3軒の茅葺屋根の老舗旅館が並び、あたかも御伽ばなしに出てくる情景を宿していた。
ところが2000年(平成12年)の「白布人火」で中屋と東屋が全焼。いまは、西屋だけが昔のまんまの茅葺屋根の姿で佇んでいる。東屋は再建されたが、中屋は再建されず、ちょうど真ん中がぽっかりと何もなくなってしまっていて寂しいかぎりだ。
いまだ再建されていない「中屋」だが、ちょっと離れたところに、別館「不動閣」が建っている。木造の建物は大正時代のもの。かつての本館(700年)には及ばないが、充分に古い歴史を持っている。
館内は大正・昭和・平成の三世代の建物が廊下でつながっており、ちょっとした迷路みたいだ。床に敷かれた赤じゅうたんが、レトロ感を引きたてる。
さて、この旅館にある「千人風呂」である。湯船が大きな「千人風呂」は日本にいくつかあるが、こんなに細長い湯船はここだけ。その名も「オリンピック風呂」。長さ33m。昭和39年に完成したという長大な湯船の名が、その年に開かれた東京オリンピックにちなんでいるのは、言うまでもあるまい。
宿のひとに訊いてみると、「普通お風呂って湯船のふちに背中をつけて、みなさん入りますよね。真ん中に入る人はいません。だから当時、ウチの館主が『真ん中はいらない!』って長い湯船を造っちゃったんです」
なるほど聞いて納得だ。長大なだけでなく、歴史ある白布温泉の老舗だから湯の質も折り紙つきで、これがしっとりして滑らかな湯。
長い。とにかく長い湯船。
見た目は無色透明でクセを感じさせないが、肌触りがしっかりしていて、ぎゅっと温めてくれるような浴感がある。湯船のふちが、歳月を経て少し草臥れているのもいい。ラッキーなことに人がおらず貸切状態だったが、ちょっと泳いでみたりして端から端までじっくり堪能できて、たまらぬ開放感に心身がすっかり潤った。
風呂場の入口には山形県庁で使われたという、当時の聖火台が置かれている。写真でしか見たことのなかった、あの聖火台が目の前だ。二度目の東京オリンピックの開催も間近な今、昭和をしみじみ振り返った。
のれんは真新しい。
バス停のほうへ戻る。実は、この日の宿泊先は「不動閣」ではなく、このオンボロ民宿「白布屋」だった。ここには内湯がないので、風呂は入浴券をもらって、先ほどの「不動閣」の風呂へ入りにいくというルールになっている。
囲炉裏の置かれた民家風の広間。民宿らしく、どことなく生活感の漂う建物だ。民宿なので、基本ほったらかし。気兼ねなく寛げる。もちろん、アメニティなんてものはない。
客室は一応(?)洋室となっていて、木枠のベッドが置かれている。長身の人は少しはみ出すんじゃないかという感じの、こぢんまりしたベッド。昔、子供部屋にあったような、なつかしい感じがする。窓のステンドグラスもなかなか素敵である。
民宿のご主人。このおじさんひとりで経営している。あちこちにあるステンドグラスは、ご主人の自作。ここではステンドグラス教室もやっているそうだ。この「おじさんスペース」は居間の片隅にあって、客の夕食中も、こうやってまったりとテレビを見て過ごされている。なんだか親戚のうちに来たみたいである。
白布温泉には飲食店がないので、民宿の夕食をいただく。ご主人がつくってくれた素朴な料理をいただく。1泊2食6500円はありがたい限り。つい酒が進んで、翌朝の会計は1万円近くになってしまったが、それもまた良しである。
メインは米沢牛の焼肉。これまた懐かしげな焼き台で、自分のペースでジュージューやる。ビールがほど良い感じに合うし、肉質もなかなかで美味しい。ひとしきり平らげたあと、日本酒をご主人にも注いであげて、一緒に晩酌をした。ご主人は職人気質というか、そんなに口数は多いほうではないが、楽しく話ができた。この日、客は私ひとりだったので気ままに寛ぐことができた。田舎のおじさん家に泊まって、焼肉を食べて帰ってきたみたいな感覚が、なんともいい具合であった。
「中屋別館 不動閣」
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