「近くに、ひなびた温泉でもないかね。ねえ……?」
これは、映画『男はつらいよ』の寅さんの台詞です。何気ない一言ですが、実はこれが大好きなんです。
私はまさに、こんなふうにフラッと思いつくまま、温泉へ行きたくなりますし、また実際に行きます。もちろん、訪ねるのは鄙(ひな)びた温泉。年季の入った共同浴場であったり、平日は自分以外に誰も泊まらないような寂れた温泉旅館とか、ボロ宿。ようするに「ひなび湯」です。
うらぶれた温泉街の片隅に、昭和のあたりで時が止まったかのように佇む「ひなび湯」。観光客が寄りつかない、地元のひとだけが知ってるような、そんな湯に出会うと、私は心が沸き立って、飛び込んでいきたくなるのを必死でこらえます。一呼吸置いて、その湯にのんびり浸かったり、ただ部屋でボーっと過ごしたりするだけで癒されるのです。
「ひなび湯」の定義
鄙び(ひなび)の定義はむずかしいのですが、言いかえれば「侘び寂び」とか、郷愁を覚えるとか、年季の入った・・・といったものでしょうか。たとえば熟成されたウィスキーのような渋みがあり、無理していない、昔っからあるがままの姿の旅館、公衆浴場、銭湯などにそれを感じます。
いや、ちょっとくどいな、と書きながら思っています。このあたりは説明しなくてもわかる人にはわかるという気がします。ブルース・リーの言葉に「考えるな、感じろ」というのがありますが、「ひなび」というのは頭であれこれと考えるのではなく、感覚でとらえることに本質があるといえましょう。
こういう味わい深い温泉や入浴施設は、さほど多くあるわけではありません。時代のニーズや維持管理のむずかしさから、どんどん廃業したり、小じゃれた近代的な施設に生まれ変わったりして、減少の一途をたどっています。「ひなび湯」は時代遅れの存在であり、それを好む人には逆境の時代といえるでしょう。だからこそ愛してやまないのですが。
「ほろ酔い」の美学
「ひなび湯」を愉しむうえで、忘れてはならないのが湯上り後の一杯。ビールに始まって、その土地々々で造られた地酒や焼酎を、地物の肴と一緒に味わう。温泉で上気した体に、うまい酒を流し込んで「ほろ酔い」となる……もう天国です。
宿を探すのと同じぐらい、湯上りのあとのお店選びは重要です。初めて訪ねる温泉地、ただ嗅覚を頼りにお店を探して、ここぞと目をつけたお店の扉を開ける瞬間。これもたまりません。私の場合、あまり宿では夕食をとらず、素泊まりにして近くの店に飛び込むことが多いです。
とはいっても、さびれた温泉街には1~2軒しか店がない場合もあるし、人里離れたような温泉宿の場合だと、食堂の類すらないこともある。もちろん、そんな場合は選択の余地もないし、宿の夕食をいただくこともあります。贅沢せず、ほんの1品か2品、その土地、その店ならではの献立が食べられれば満足です。
「ひなほろ温泉」と呼んでください。
酒を飲むという物理的な行為はもちろん、ひなび湯に入ると気持ちよく酔ったような心地になることから「ほろ酔い気分」。そういう旅の愉しみ方を「ひなび湯 ほろ酔い温泉」というタイトルに込め、活動していく所存です。ちょっと長いので、めんどくさい時は「ひなほろ温泉」とか「ひなほろ湯」とでも呼んでやってください。
泉質とか効能とかも多少はこだわりますが、それは二の次。大した能書きは垂れず、勝手気まま湯に浸かり、うまい酒が飲めれば言うことはありません。いろいろと書きましたが、共感していただける方の旅の参考となれば幸いです。
ひなび湯 ほろ酔い温泉 代表・上永哲矢(うえなが てつや)
< プロフィール >
温泉随筆家/紀行作家/歴史コラムニスト。神奈川県出身。日本全国および中国や台湾各地の史跡取材を精力的に行ない、その成果を書籍・雑誌・ウェブに寄稿。連載も持つ。著書に『戦国武将を癒やした温泉』(山と溪谷社/天夢人)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)、『ひなびた温泉パラダイス』(山と溪谷社)、『三国志 その終わりと始まり』(三栄書房)、『密教の聖地・高野山など。(くわしい仕事・活動内容はこちら)
< 著書・著作 >
戦国武将を癒やした温泉 名湯・隠し湯で歴史ロマンにつかる(山と溪谷社/天夢人)
偉人たちの温泉通信簿 武将&作家&芸術家&俳優……が愛した温泉 (秀和システム)
三国志 その終わりと始まり(サンエイ新書)
密教の聖地 高野山 その地に眠る偉人たち(サンエイ新書・共著)
しみじみシビレる! 名湯50泉 ひなびた温泉パラダイス(山と溪谷社・共著)
歴史ロマン朗読CD原作「城物語 石田三成と忍城」(cosmic☆factory)ほか
< メディア出演 >
・TBS系列「教えてもらう前と後」 2018年6月12日(VTR出演)で、ニッポンを動かした 偉人の給料(西郷隆盛、坂本龍馬)について解説。
・フジテレビ「さまぁ~ずの神ギ問」 2017年11月11日 電話出演で、信長・秀吉・家康の「ホトトギス」の川柳の出典元「耳嚢」「甲子夜話」について解説。
・ayfmbayfm78 田中美里「MORNING CRUSIN’」2017年10月21日 「ひなびた温泉の魅力に迫る!」に出演。
・RCCラジオ「おひる~な」 2015年7月13日 『時空旅人 大人が読みたい三国志』発行にあたり、三国志の魅力を解説。
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【当サイトの著作権所有者】文=上永哲矢 イラスト=すずきたけし 写真=上永哲矢、遠藤純(一部)