【北海道・雌阿寒/野中温泉】
みなさんは、オンネトーという湖をご存じだろうか?
北海道の道東・阿寒湖の近く、足寄(あしょろ)にある比較的小さな湖で、
季節や天候、見る角度によって湖水の色が違って見えるため、五色沼とも呼ばれるそうな。
この日は霧がかっていて、湖水は無色。されど、奥のほうはわずかに緑がかっているという。
天気が良ければ、もっと変わった色合いで神秘的に見えるのだが、この日は無色透明に近かった。
北海道に「神秘の湖」は数あれど、このオンネトーこそ、まさにそれにふさわしい。
さて、その近くに知る人ぞ知る個性的な温泉があるらしい。
滞在先の阿寒湖から車でだいたい1時間弱で行ける。
向かう途中、キタキツネと出会った。
クルマに出会うと、餌をもらえないかと近寄ってくるのだ。これぞ北海道の醍醐味だなあ・・・。
餌付けしてはいけないので、しばらくじっと見つめていたら、
クルマの反対側に回り込んで、またおねだりするように立ちどまった。
が、何ももらえないと分かるや、さっさと走り去ってしまった。
そして辿り着いた今回の目的地が、雌阿寒温泉(めあかんおんせん)にある「野中温泉」。
温泉施設として、およそ100年の歴史を持つそうだが、建物は結構建て替えられているのだろう、
割と新しく見える。ただ、この素朴な佇まい、プレハブ小屋みたいな手作り感で、嫌いじゃない。
別棟があり、そこが旅館部になっている。一度、泊まってみたいものだ。
受付に優しそうな奥さんがいらした。
「ああ、ここは間違いない」と、瞬時に思うのであった。
そして、この佇まいである。やっぱり間違いなかった。
脱衣所は、これだけの簡素なつくり。隅っこに籠が重ねて置いてあるだけ。
カゴを床に置いて、そこで簡素に脱衣を済ますのだ。
充分である。ロッカーなどなくとも、それだけで充分ではないか。
誰もいなかったので、ベンチの上に服を畳んで置いて、浴室へ。
入ってみれば、惚れ惚れするような木造の浴室。
シャワーやカランすらない、脱衣所と同じく簡素すぎる造りが素晴らしいではないか。
大きな木枠の窓から、やや殺風景な庭が広がり、解放感ばっちりだ。
見るからに浸かり心地が良さそうな木枠の湯船。
心惹かれ、かけ湯を早々に済ませてザブンと浸かる。
いやあ~。気持ちがいい。
体中に沁み入ってくるような心地がする。
本物の温泉とは、まさにこの湯のことをいうのだろう。
そして、この湯の色だ。成分のためか、エメラルドグリーンにも見える。
硫黄の匂いも強く、一度浸かればしばらく匂いが落ちないほどの濃厚さを持っている。
成分を見れば、硫化水素を含む濃厚な硫黄泉だそうだ。
この硫化水素の成分が大変に強いので、適度な換気が必要とし、
長湯はおすすめしないのだとか。
気持ちいいからといって、浸かり過ぎはかえって毒になる。
名残り惜しくはあったが、2回ほど浸かり、ほどほどのところで浴場を出た。
受付に、注意書きがあった。
大自然のみわざ、成分が強ければ間違いも起こりうるし、そういう危険も伴うということ。
この濃厚な湯と付き合うには、それをわかって臨まなくてはいけない。
・・・とまあ、むずかしいことも書いてしまったが、
いや、本当に力強さがあって、気持ちのいい湯だった。
もちろん毎日、漬かっている人だっている。
適度な湯浴みを楽しむ分には、危険もまったく無さそうである。
何を隠そう、この「野中温泉」の二代目である野中正造さんは、
「長寿は温泉のおかげである」と、堂々公言、日本人男性としては最高齢の記録保持者であられた。
(2019年1月、老衰により113歳でお亡くなりになった)
湯船より豪快に溢れ、流れ落ちていく源泉。
かけ流しという言葉も手ぬるい感じの放流温泉。惚れ惚れする湯の流れだ。
「放流」といえば網走の鮭の放流が有名だが、北の大地にはその二文字がよく似合う。
窓の向こうに湯元、湧出場がある。どこか神聖な雰囲気だ。
普通に庭状態で、時に通行人が通ったりもする。そんな解放感も、じつに北海道らしい。
湯上がりに館内を少し散策すると、
なんだか、懐かしい感じの流し場があった。
自炊ができそうな炊事場。人の営み、息遣いをすぐそばに感じられるような、
親しげな生活感が、この建物全体に漂っている。
休憩室。ここでゴロゴロしてみたかったものだが、
この日は、人を待たせていたので、あまり時間がなく、
覗いただけで通り過ぎる。後ろ髪をひかれる想い。
やや急ぎ足の滞在時間ではあったが、本当にいい湯を満喫できた。
温泉ファンの間では「道東でいちばん好き」という声が上がるのも納得である。
もう、ホント。この湯に入るためだけに、また道東を訪ねてみたい。
滞在先の阿寒湖への帰り道、「クマゲラ」というログハウス調のレストランに立ち寄って、
ハンバーグ・カレーを食した。カレーにハンバーグ。どちらも自慢の逸品だそうだ。
ちょいと子供に戻ったみたいな取り合わせに、顔がほころぶ。
辛さも抑えめで、作り手の優しさが伝わってくるような美味しいカレーであった。
オンネトー周辺で好きなものを思うがままに満喫した、幸せな一時だった。
■野中温泉 北海道足寄郡足寄町茂足寄159
http://www.minkoku.com/yado/plan.php?yado_id=7