霧島山麓に湧く「時代おくれ」の湯治場で猫と戯れ【鹿児島・妙見温泉】

【鹿児島・妙見温泉】

JR肥薩線、嘉例川駅。ひさつせん、かれいがわえき、と読む。
鉄道好きにはお馴染みというか、かなり有名な駅だが、一般の人にはどの程度知られているものだろうか?
開業は、なんと明治36年。築100年をゆうに超える当初からの木造駅舎で、無人駅である。


土日には、「かれい川弁当」という地元の業者が駅弁を販売するようだが、この日は平日だったので売ってない。
駅舎内は、がらーんとしている。ただ、電車を待つ人のカバンが無防備に置かれていた。
ここからバスに乗って、妙見温泉へ向かった。客は私ひとり、
運転手さんと話などしながら向かう。素朴な鹿児島弁が耳にやさしくて温かい。


到着。川沿いに十軒ばかりの温泉宿が建ち並ぶだけ。昔なつかしい風情の漂う、川沿いの湯治場。
天降川(あもりがわ)という、天孫降臨の伝説にちなむ神秘的に響く名前のせせらぎ、水の色も優しげである。

 


「田島本館」は、2006年に来ていらい、10年以上も経ってからの再訪となった。
建物は当時からリニューアルされ、きれいにはなっていたが、以前とあまり変わらぬ
素朴な佇まいに好感が持てる。この日は宿泊せずに日帰り利用のため、受付で料金を支払う。
やさしい女性の管理人さんが、愛猫を抱き抱えながら出迎えてくれた。

 
こちらが2006年に訪れたときの写真。そのときは古びた自炊施設付きの湯治棟があったが、
台風でダメになって取り壊されたという。そのときは、1泊お世話になり、夕食もいただいた。
以前は、もうちょっとご年配の女将さんらしきひとが迎えてくれたと記憶している。


1泊夕食付きで、たしか5000円ちょっとだったと思う。素泊まりだと
その日、胃腸の具合が良くなかったので、ご飯をお粥にしてもらったんだっけか。
質素そのものの夕餉だが、わびしい一人旅の身には充分すぎるほどであった。

さて、そんな懐かしい記憶を辿りながら、いざ浴場へ。
田島本館には浴場が2つあり、そのうちの1つ「神経痛の湯」へ入ってみた。


おお、これだ。この懐かしい感じ。浴場は前回とほぼ変わっておらず、
木造の素朴な建物に四角い湯船がしつらえてある。湯のぬくもりがこもった、ほの暗い癒しの空間。
こういう飾り気のない光景に、心の底から惚れ惚れしてしまう。
先客のおじさんたちが静かに入っていた。あいさつを交わし、かけ湯をしてから湯船に身を浸す。

いかにも神経痛に効きそうな、成分濃厚な湯が身体の節々に沁み込んでくる。
独特の濁り具合をした湯は、ちょっと鉄分を感じさせるような塩気と苦味もあり、
とてつもない効能を秘めているように思う。
湯温は40度ぐらいだろうか。湧いたそばから湯船に惜しげもなくドボドボと注ぎこまれ、
非常に鮮度のいい、気持ちのいい湯浴みが楽しめた。
おじさんたちは、みんな近隣の常連客。雑談を交わしながら、この風景に溶け込ませていただく。
写真を撮っていいかと尋ねたら、「男前に撮ってくれ」と笑ってくれた。良い按配である。

ああ、実にいい湯あみであった。
別棟へ行ってみる。ここにあるのが、男湯は半露天風呂となっている胃腸の湯(手前)、きず湯(奥)。
こちらは石造りの湯船だが、源泉の成分がびっちり貼り付いていて、ほど良い熟成感がある。

江戸時代に発見されたという源泉が、湯船の下から今も絶え間なく湧き続けている。
「きず湯」の名前の由来は、西南戦争の負傷兵の傷を癒したことにちなむそうだ。
西南戦争は明治10年(1877年)。まだほんの140年ほど前のこと。
それを思うと、平和な世で温泉を満喫できる我々はなんと幸せなのだろうか。

ここにも先客のおじさんがいて、挨拶して浸かる。
気持ちのいいことは言うまでもない。ざあざあと湯船の淵から溢れ、
流れ出ていく源泉、それを眺めているだけでも身体に効きそうな感じがした。


さあてと、上がって食堂へ行ってみた。ふと気配を感じてみれば、頭上のテレビの横で、
猫がだらーっと尻尾を垂らして寝そべっている。さっき、受付にいた猫かな?


おっと、椅子の影でもう1匹、じーっとこちらを見つめていた。
この2匹は、つばめ、すずめという看板猫だそうだ。
前回、来たときはまだいなくて、ここ数年のうちに買い始たそうで入浴客のアイドルになっている。

人懐こくて、品のある三毛猫たちである。妙見温泉には捨て猫や野良猫が多く、
他の宿でもそういった猫たちを保護して飼っているという。
温泉と猫、どっちも好きだからたまらない、最高の取り合わせてはないか。
こういうのんびりしたところで猫をかわいがっていると、時間が経つのも忘れてしまう。


おっと、いかんいかん。席を立って引き揚げようとすると、泊まり客に会った。
湯治棟(新館)に泊まっているというので、ちょっとだけ中を見せていただく。
こちらも昔と同じく炊事場があって、長期湯治もできるようになっているそうだ。
いやあ、時間が許すのなら、こういう時代に取り残されたようなところに長く滞在してみたい。


田島本館を出て、橋を渡ってバス停の飲食店街に戻ってきた。
川沿いに建つ「のんき食堂」へ入る。さっき、バスを降りるときに見かけて気になったところ。
ここに入りたいと思って、田島本館では飲み物だけしか頼まなかったのだ。


やっぱり、ひなび湯に来たら、ひなびた食堂に入らないとね。
ということで、瓶ビールを注文し、ほろ酔い加減で「ちゃんぽん」をいただく。
長崎の中華風のちゃんぽんと違って、あっさりめの透明スープに、和製の麺が入っている。
横浜のサンマーメンのアッサリ版といったところか。
温泉で汗をかき、身体が塩分を欲しているだけに、いや~。やたらとうまかった。


やさしい御夫婦が経営される、「のんき」な食堂。近所にあれば常連になってしまいそうだ。
本当は御主人が得意なアユなどの川魚料理を食べたかったところだが、
この日はそのまま、えびの(宮崎)へ行く予定だったので時間がなく、ちゃんぽんだけでお暇する。
バスに乗ると言ったら、外まで見送ってくれた。
なんだか、田舎のおじいちゃん家で過ごしたみたいだった。

妙見温泉にある十軒ほどの宿の湯は全部源泉かけ流しで、
循環などしているところは一切ないそうだ。またゆっくりと滞在してみたいものである。

妙見温泉
http://www.myoken-onsen.com/

田島本館
http://tajima-honkan.com/

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