立ったままドップリ! 足元湧出の「湯壺」に驚き、感動【岩手県・鉛温泉】

【岩手県:鉛温泉】

奥州藤原氏が建てた中尊寺金色堂などで有名な奥州・平泉。
有名な観光地で、世界遺産だから、歴史に興味のない大勢の観光客が押し寄せて、いつも賑わっている。
元から十分に魅力的だと思っていただが、世界遺産になっただけで有り難がる人が多いようだ。
さて、その人の多さにやや辟易とした平泉観光を終え、向かったのは平泉より少し北にある花巻駅。


花巻といえば宮沢賢治生誕の地として有名な町だが、花巻温泉、台温泉、大沢温泉、新鉛温泉などなど、
周辺は東北を代表する名湯だらけ、温泉好きにはたまらないところだ。
ここからバスに揺られること40分。西の山奥に建っているのが、
一軒宿の鉛温泉・藤三旅館(なまりおんせん・ふじさんりょかん)である。


バスを降りて、目の前の坂の下を見ると、赤瓦で葺かれた大きな屋根が覗いている。
案内板に「旅館部・湯治部」とある通り、この宿には2つの棟がある。


一般の宿泊客は旅館部に、長期連泊や格安で泊まる湯治目的の客は湯治部へ泊まる。
当然ながら、旅館部のほうが設備はきれいで、そのぶん立派な構えになっている。


温泉は600年ほど前から湧き出ていたとされ、江戸時代中ごろの1786年に旅館として開業。
木造3階建て・総けやき造りの建物は、独特の風格があって歴史を感じさせる。


一人旅で、ぜいたくを求めていないので、湯治部に泊まった。
玄関や帳場。全体的にほど良い具合に、ひなびていてひと目で気に入ってしまう。


部屋へ向かう。飾りっ気のない、細ながい廊下が延々と続いている。
静かだが、時折物音がしたり、かすかにテレビの音も聞こえてきているあたり、
結構な数の人が泊まっているように思えた。


長逗留されている常連のおじさんの部屋の扉が開いていたので、ちょっとお邪魔した。
あとで聞いた話だが、当然ながら長期滞在する本来の湯治客は昭和のころに比べ激減しているという。
昔は農閑期になると、大勢の客でにぎわったようだが、農業従事者が減った今の時代、
そういう宿泊スタイルは失われつつある。それでも、こういう「自炊部」を
残してくれている宿はそれだけで応援したくなるというものだ。


自炊場。飯どきを外して行ったせいか、ひと気はなかった。
十円玉で作動するタイプのコンロ、初めて見た気がする。


うろうろしていたら、売店に出た。食糧や飲み物はもちろん、洗剤にコンセントなど、
長期滞在に必要なものは、ここで買えるというわけだ。


この売店には、名物おばあちゃんがいる。
色々と雑談をしたが、いつごろから働いているのかをつい聞き忘れてしまった。
このおばあちゃんも、すでに宿の風景の一部と化している感がある。
せっかくなので、軽いつまみと寝酒を購入した。
一体、いつから使っているのか知れないレジスターとソロバンを器用に使いこなしていた。

さてさて、風呂場へ向かおう。この宿には5つの浴室があり、
露天風呂や貸切風呂なんかもあって色々楽しめるが、なんといっても圧巻は「白猿の湯」である。
「しろざる」というぐらいだから、猿が発見したというこの宿の伝説にちなんだネーミングだ。


浴場の扉を開けてみて、あらビックリ。思わず声を上げそうになってしまった。
1階の入口から地下2階ぐらいまでの吹き抜け構造で、湯船は遥か階段の下だ。
脱衣所は湯船のふちにあって、上から全部丸見え。まことに堂々とした造り。

昔ながらの混浴なのだが、さすがに女性が入っているのはまだ見たことがない。
ほぼ男性専用といってよさそうだが、女性専用時間も設けられている。

湯船は見事な楕円形にくりぬかれており、湯は注ぎ込まれるのではなく、地下の源泉から湧き出てくるタイプ。
もちろん、循環や加水などしていない。かけ流しである。


常にゆらゆらと揺れている水面からも、これが「生きた湯」であることが良く分かる。
全身に、まんべんなく温泉の効力が沁みわたって行くような心地がする・・・。

源泉そのままなので結構熱いが、浸かれないほどではない。
そして、この湯船、けっこう深い。130センチぐらいあるので、立ったまま浸かることになる。
立っていても胸から首あたりまで浸かるのだが、それが新鮮な感覚で面白い。
湯船というより、湯壺といったほうがしっくりくる。

天井が、はるか頭上にあって、そこへ向けて湯けむりがスーッと立ち上ってゆく。
そのさまをボーっと眺めていると、時間も忘れて長湯してしまった。

温泉に長湯したり、何度も浸かったりしていると、結構な運動量になる。
浸かり過ぎると逆に疲れるのだが、こんなに浸かり心地がいいと、つい長湯をしたり、
何度も浸かりたくなってしまったりするのは人情というものだ。
湯あたりしない程度に浸かって、その分はぐっすり寝て疲れをとれば良い。


翌日の朝飯が、実においしかった。
ときに朝飯も食わないでのんびり寝ていたいときもあるが、この朝は目覚めが良く、
すこぶる空腹感を覚え、飯が進むこと進むこと・・・。
陶板で焼くだけで何の変哲もないハムエッグが、やけにうまかった。

湯治部は1泊朝食付きで5500円。2食付きでも6,500円。
旅館部もそんなに高いわけではないから、気軽に泊まれるのは有難い限りだ。


夢のようなプチ湯治が終わり、現実へと戻る。
また近々、雪に包まれた鉛の湯に身を沈めたい。

鉛温泉 藤三旅館 http://www.namari-onsen.co.jp/

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