【長野県 野沢温泉/横落の湯、清泉荘】
今回は有名どころ、野沢温泉から。
昔から大好きな信州を代表する温泉地。本当に、何度訪れても素晴らしいというしかない。
まさに温泉好きにとって理想郷のようなところだと思う。
湯がいいことはもちろんだが、温泉街の雰囲気もまた実に素晴らしい。特にこの大湯のあたり。べつだん用がなくとも、ただ歩いているだけで心が弾むというか、喜びが湧きあがってきてしまうのは、温泉好きとしての性であろうか。
豪雪地帯。スキー場の有名どころなだけあって、特に冬場は大変な賑わいを見せるが、その騒がしさがそれほど不快にも感じない。こういう温泉地って、ありそうだけどなかなか無いのだ。北陸新幹線ができてからは、JR飯山駅から直通バスが通ったので、とても行きやすくなった。
朝、源泉地の麻釜(おがま)へ行ってみると、地元のおばちゃんが野菜を茹でていた。このあたりには人気の温泉宿も密集していて、賑やかではあるけど、どこか長閑な雰囲気が漂う。
さて、野沢といえば13軒もある外湯が名物である。全部周ってみるのも一興かとは思うが、日に6湯も7湯も浸かると、かえって疲れてしまう。温泉は数ではないから、好きなところを2~3軒まわれば十分だ。私が入るところは大体、決まっている。先の大湯も好きなのだが、温泉街のシンボルだけあってわりと混み合っていることも多い。そういう観光客が多そうなところはなるべく避け、地元の人たち向けの湯を気分で選ぶ。
この日は、「横落の湯」に入ってみた。横落(よこち)の名前のとおり、道のすぐ真横に入口がぽっかりと口を開けていて、うっかり歩いていると落ちてしまいそうな立地にある。
男女別の入口の脇に流し場があり、そこで洗濯中のおばあちゃんがいた。野沢の外湯のいくつかには、温泉の出る洗濯場が併設されていて、こういう生活感に溢れた光景を見ることができる。それがまた、たまらなく素敵ではないか。
中に入ってみよう。野沢温泉の外湯は脱衣所と浴場の仕切りがないところが多くて、それがまた好きなところなのだが、ここはガラス戸で仕切られる少数派。でも、造りはいたってシンプル、簡素そのものだ。
背後のガラス戸を開け、入湯。この余計なものがいっさいない感じ。いたって簡素であり、素敵な浴室。あるのは四角い湯船とカランが2箇所だけ。女湯は、まんまるの円形湯船だそうで、そっちもいいなと思う。
そしてケロリン湯桶。野沢の外湯で必ず見かける湯桶である。野沢の湯は熱い。だから湯桶で慎重に掛け湯をして浸かるのだ。いい湯なので、熱くても痩せ我慢して入っていたくなる。ただ、この日の横落の湯は先客がだいぶ薄めてくれていて、程よい感じにぬるく、ちょうどいい湯加減だった。これは運がいい。
麻釜から引湯された源泉は透明。ほのかな硫黄の匂いがたまらない。濃厚ながらも身体にやさしくて、沁み通っていくような感じ、これぞ野沢の湯。もちろん、水で薄めないほうが源泉の成分が損なわれないのでいいには違いないのだけど、熱すぎて入れないほうが個人的には不幸だと思うのである。
野沢温泉は「湯仲間」制度があって、村人たちの助け合い精神で、この外湯が保たれている。利用は無料というか、寸志で入れてもらえる。ありがたい「貰い湯」を、ぽーっと放心状態で満喫した。
この日、逗留したのは温泉街の中心地にも近い清泉荘(せいせんそう)。坂をちょっと下ったところにある、穴場的な旅館というよりはどことなく民宿感が漂う、わりとこぢんまりした宿だ。
この宿の侮れぬところは、地下にある贅沢な内風呂。岩風呂・・・というわけではないが、そういう感じの無骨な造りで、壁際には観音様を思わせる女人の石像が鎮座している。この雰囲気である。ひと目で気に入ってしまった。
観音様の脇から流れてくる源泉は、いわずもがなのかけ流し。実は湯船が2つあって、宿の規模のわりに贅沢な広さなのである。観音様がいる湯はかなり熱いが、もうひとつの湯船のほうは比較的ぬるくて入りやすい。源泉は麻釜方面にある奈良屋の湯を引いてきているようだ。少し離れてはいるが、湯口まで空気に触れず運ばれてくるために鮮度がとてもいい。ふと見れば、野沢温泉小唄なるものが看板に書き付けてある。
「はあ~千曲わたればナ 野沢の出湯ヨ・・・・♪」
曲調は知らないが、なんだか歌いだしたくなるような陽気さがある。しばらく宿でゴロリとして余韻を楽しみ、宵闇に包まれ始めた温泉街へ出てみる。「つくしんぼ」という店で郷土料理を楽しんだ。
野沢菜、馬刺し、焼椎茸。それに地酒の水尾。みんな地物ばかりだ。地元野沢でしか味わえない垂涎の取り合わせ。近くに住む友人が付き合ってくれて、差しつ差されつ。満腹満足の一夜を過ごした。